ビワについて知りたい 
 
 
 
 
 


 
ビワ療法の歴史


いまから約3000年もの昔のこと・・・

ビワと健康に関わる歴史は3000年もの昔にさかのぼります。
古代インドの地に誕生したお釈迦さまは多くの尊い教えを残されましたが、経典の中にはビワ療法に関する記録が残されていて、当時の医療に大きく貢献しています。

奈良時代

日本に仏教と共に伝わりました。
聖武天皇のお后、光明皇后は貧しい病苦に悩む人々のために「施薬院」と「悲田院」を作り、ビワ療法を施されたという記録が『正倉院文書』に残されているようです。

以降、ビワ療法は日本各地に広まっていき、ビワを使った様々な民間療法が伝えられました。

江戸時代

京都・烏丸の「枇杷葉湯」は大評判になり、江戸市中にも広がり暑気あたりの妙薬として庶民に親しまれていました。

江戸時代後期、鶴屋南北の代表作
「彩入御伽草」の舞台に
「枇杷葉湯」の行商人の姿が見られる。


1830年

ドイツのリービッヒ博士によってアミグダリンが発見されます。

一方、アメリカに於いてはクレブス博士の研究によりビタミンB17が「レイトリル」と呼ばれるようになります。
クレブス博士は、中央アジアにあるフンザという長寿国ではガンになる人がほとんどいないということを知り現地の調査を行います。そして、フンザの人々がビタミンB17を豊富に含むアンズを常食していることを知りました。
クレブス博士の研究は当時のアメリカで大反響を呼びました。
ビタミンB17・レイトリル療法はこうして誕生しました。

昭和

昭和の初期に枇杷の葉療法の研究が盛んになります。
昭和2年福島鐵雄博士による「皮膚を通して行う青酸療法」という学術論文が発表されます。

さらに、昭和12年大阪大学医学部の安田寛之博士の学術論文「血液の酸塩基平衡より観たる枇杷葉療法」が発表されました。

平成

平成14年2月には岡山大学、京都府立医科大、明海大学歯学部とロッテ中央研究所の研究グループによって「ビワの葉から抗がん物質−化学構造を特定」との研究成果が発表されました。

さらに同年12月には、高知医大付属病院の研究グループにより「ビワの種で肝機能改善−エキスが細胞硬化抑制」との研究発表がなされました。
 
 
 
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